01:22〜寮室
「万尋さん、明日はどうするの?」
替えたばかりのシーツの上でうとうとしている愛しい人に思い出して尋ねる。
「明日……?」
「そう。一日休みでしょ?」
生憎と重ならなかった休暇の予定を思い出しているのか、眠りに落ちかけた頭でぼんやりと目を泳がせている。
「…んー、午後から爆班と合同会議がぁ……」
「急に?」
「そう。クロが、ロスDGからきた…試作ダンプ(爆弾処理箱)の改良で…細かい部分の説明、したいって。」
だから午前中も出かけないで寮でのんびりする。と眠たげに呟いて、コロンと寝返りを打ち背中を向けた。
「じゃあ、迎えに来るから昼は一緒に摂ろうね。」
年上の同性と思えないほど、愛らしい仕草に微笑みながらそっと抱きしめて耳元で囁く。
「――――――――。」
が、帰ってきたのは健やかな寝息だけで。
「万尋さん?寝ちゃった?」
些細なお願いが聞いてもらえなかったのと、おやすみのキスを奪えなかったのが少し悔しくて、代わりに露になったままの肌に新しく薄紅の跡を増やした。
12:06〜寮エントランスロビー
まとめていたレポートに区切りついたのか珍しく定時にアレクさんから「ランチにしよう。」と午前の終業の合図が出た。
みんなと食堂に向かいながら、午後の爆班との合同会議に必要な資料を借りたままになっていたのを思い出した。
「くぁんさん、寮に忘れ物取りに行くから、先にいってて下さい。」
「はいよ。席取っとくな。」
隣を歩いていた冠さんに断って、寮室に向かう。
開発に異動して間もないから、すこしづつ過去の開発品の資料を借りては自室で仕組みを浚っているのだ。
もちろん、開発室でも冠さんやパレさんが手の空いたときに勉強会はしてくれるのだが、それだけでは日々新しいものを開発するのに追いついていかない。
目的のディスクを確認して落とさないようにジャケットの胸ポケットに入れて。
待たせてしまっては悪いので少し急ぎ足で角を曲がった。
「うわ!」
「!!」
曲がったとたん、出会い頭に誰かにぶつかりそうになってたたらを踏む。
何とか衝突を回避できたのは、マイペースな自分の反射神経よりも、相手のずば抜けた動体視力の賜物だろう。
自分と同じくらいの視線にあるのは、自分の直属の上司にあたる「温和な癒し系」開発副班長の驚いた顔だった。
「あー、ビックリした。こんなとこでどうしたんだ?」
「午後の会議に必要なディスクを……」
「ああ、植草、勉強してたんだ?」
うささんの言葉にこくんと頷くと、抱えていた包みから片手を離し俺の頭を「よくできました」というようにくしゃくしゃとかき混ぜてくれた。
「うささん…?」
「うん、ダグ洗ってたんだー。」
ふと、その姿に違和感を覚えて名前を呼ぶと、疑問を的確に捉えてニコニコと答えをくれた。
だからジーンズにエプロンだけだったのか。
濡れるのを気にしながら洗うよりは最初から脱いでいれば濡れる心配ないもんな。
合理的だなあ、と感心してしまった。
「あ、そうだ。植草、昼は?」
「先にディスク取りに寄ったので……これからです。」
「じゃあ、お腹すいてるだろうから、一緒につれてってやって。俺、着替えてくるから。」
差し出されたタオル地の包みを覗き込むと中でもぞもぞと茶色い塊が動いている。
「……ダグ……?」
「まだ濡れてたから、頭まで包んじゃったんだよ。」
天気はいいけど、やっぱり乾くには時間が足りなかったようだ。
食堂に行くのに濡れねずみは得策ではない。
特にダグはみんなの足元を行くのだから隊員のズボンを濡らしたり、よけいに埃を纏わり付かせてしまう。
大判のバスタオルで全身包まれていれば、抜け出そうともがいているうちに水分が拭われるだろう。
「じゃあ、植草、よろしくな。」
「……はい。」
タオル後の中でもぞもぞと落ち着かないダグを受け取り、背中を向けたうささんを見送る。
エプロンの肩紐だけでは隠し切れない肌にいくつかのムシ刺されの痕。
背中だから気付いていないようだけど、痒くないのだろうか。
「ダグ、ムシ、たくさんいた?」
「ワゥ?」
腕の中に問いかけるが、答えるはずも無い。
タオルから顔を出したダグと視線を合わせ、むしろ洗ってもらったのならばダグが虫に刺される可能性は低いことに気が付く。
「でも……うささんは…かゆいよね?」
早く食堂に行かないのかと見上げてくるダグと一緒にちょっと首をかしげて呟いた。
14:43〜メディカルルームA
そろそろカルテの整理を一区切りしてコーヒーを入れようかと思っていると、入り口が開く音が聞こえた。
急患かと振り返ると、検診以外ではめったに医務室に訪れない人物が立っていた。
「植草、どうかしましたか?」
「Dr.ムシ刺されの薬、下さい。」
彼独特のぽやんとした声でそう言うと、出した手をワキワキと動かした。
「刺されたんですか?」
「ん〜、うささんが。」
「宇崎さん?」
宇崎さんは確か今日は午前休みで、昼前に寮の庭でダグを洗っていた。
そのときには虫に刺されたなどと騒いでいなかったはずだが……
「はい。うささん、たくさん背中が赤くなってました。」
植草はちょと首をかしげたように頷く。
「背中……」
「もう、蚊の時期じゃないのに、刺されるなんて、可愛そうです。」
だから下さい、ともう一度ワキワキとする。
なんとなく、その「ムシ刺され」に薬の効き目がないのような気がするのは。
たぶん、きっと間違いではないのだろうが。
果たしてそれを彼に伝えてもいいものだろうか。
「えーと、植草……」
「はい?」
小首を傾げる彼に、どう告げて良いのか分からず、考えていることとは別の言葉を口にする。
「他の人には言わないで、宇崎さんに渡してくださいね?ムシ刺されとはいえ、薬品の持ち出しは、基本的に禁止ですから。」
「はい。ありがとおございました。」
コクリ、と頷いて渡されたチューブをジャケットのポケットにしまいこみ、医務室を出て行った。
「……」
これから起こる開発室の騒動が容易に思い浮かび、どっと疲れが押し寄せた。
Fin
2006/09/13 初稿
2006/10/16 大幅加筆修正 Clap御礼としてUP
2006/11/03 改稿
2007/09/08 WEB再公開
GD初書きSS。
元はメールに走り書いたDrとうえぽんの台詞のやり取りです