その人の部屋を訪れたのは、仕事上がりのついでに親しくしている彼の上司からの頼まれ物を届ける為だった。
非番の彼が外出から戻ってきているのは確認済みだ。
寮室のプレートで名前を再度確認していると、シュッと言う微かな音をたてて先にドアが開いた。
「ぁ、城さん。何か用ですか?」
「ああ、植草さんに。」
「じゃあ、入ってください。俺はこれから勤務なんで。」
そう言ってドアを開けたままもう一人の住人である外警班の後輩が出て行った。
通常の交代時間を過ぎているところを見ると緊急にシフト変更にでもなったのだろう。
ジャケットに袖を通しながら慌てて走っていく後姿を見送り、開けたままのドアから部屋に入る。
目的の人物はこちらに背を向けて俯きがちに床にぺたんと座りこんでいた。
「植草さん。アレクさんから頼まれ物を持ってきたんですが。」
本でも読んでいるのかと思い、少し大きめに声をかけるとビクリと体が揺れて、同時にジャキンっと言う不穏な音が聞こえた。
「……じょお。何か用?」
ゆっくりと振り向いた彼は座ったまま俺を見上げた。
手にははさみ。
それとひざから床の上に広げられたシートの上には短く切られた髪の毛。
彼が館内に併設されている美容室に行かず、自分で適当に散髪をする、ということは聞いていたし、実際、散髪後のメタメタな髪形を見たこともある。
が、まさかその最中だとは思わなかった。
そして自分が声をかけたせいでその前髪はいつも以上に斬バラになってしまっている。
「アレクさんからディスクを預かってきたので、こちらにおいておきます。あの、すみませんでした。」
「なにが?」
「驚かせてしまったようで、前髪が…」
「ぁ……視界が、半分クリアだ。」
ディスクを机において謝罪をすると、植草さんは俺の言葉にちょっと小首を傾げて前髪を触り見上げている。
「すみません……」
「切ってたんだから、気にすることないのに。」
謝罪の言葉を重ねる俺に不思議そうな顔のまま、何事も無かったかのように続きを切ろうとはさみを構えた。
「植草さん。」
「……じょお?」
思わずその手を掴んでしまい、自分の行動に驚く。
だが、そのまま切らせてはいけないような気がして、はさみを取り上げる。
「俺が続きを切りますから。」
「城が?」
「お詫びです。」
「……それで気が済むなら。」
髪型などどうでもいい、と思っているのだろう。
不思議そうに、だが、おとなしく俺のしたいようにさせてくれる。
言い出したこととは言え、人の髪を切るという行為は父親相手、それも中学の頃だからブランクがだいぶある。
切り過ぎてしまった部分を目立たなくするように、バランスを見ながら慎重にはさみを入れた。
チャキチャキとこぎみよい音をさせながら、少し癖のある黒髪を30分ほどですっきりと整え終わった。
「終わりました。」
「……視界が、クリアだ……ありがと。」
植草さんは満足そうにそう言って嬉しそうに目を細めた。
***
「城……お前がやったんだって?」
「迂闊でした。」
食堂のカウンターで一緒になった策士の視線の先には、少し離れた席に座り、大勢の隊員に囲まれて困惑している植草さんの姿があった。
そう、俺が整えた髪は植草さんのアイドル系の顔を引き立てるのに一役買ってしまったのだ。
「普段は言動にインパクトあるからな。ま、しばらく責任もって、護衛だな。」
「……西脇さん……」
「潤の同期は、なかなか面白い素材が揃っているな。まあ、頑張れ。」
「岸谷さん……」
感心したような食堂の主の言に追い討ちをかけられたような気持ちになる。
トレイを受け取り、集団の中に入っていくことに思わず渋面を作る。
「ぇ、何うえぽん。それ城ちゃんに切ってもらったの?」
「はい。」
「ぇ〜、いいなあ!俺も切ってもらいたい〜。」
耳に入ってきた素っ頓狂な声に、発言者の情けない顔まで思い浮かんで、思わず大きな溜息をついて、天を仰いだ。
Fin
2008/01/27 初稿
新年一発目がこんなSSSで申し訳ありません。
うえぽんの髪ネタはもう一つ考えている物があるんですが、
今回はこちらで。別名、城ちゃんの受難(笑)
trimming =2 [U][C]刈り[切り]込み, 手入れ;飾り(つけ);《写》トリミング
6 ((略式)) (1)敗北. (2)ぺてん, 詐欺
プログレッシブ英和中辞典より