Ring

『もし、俺が貴方より先に逝くことになったら、貴方は俺を身につけてくれますか?』
答えは怖くて聞けないけれど、そうしてくれたらいいと願う。

***

珍しく休日のシフトが一緒になったその日、俺はアレクさんに付き合って買い物にきていた。
あちこちで妖しげな機器やなんに使うのか首を傾げたくなる部品を物色する。
電気街の行きつけのパーツ屋を何件か回って、目的のものを手に入れ嬉しそうなアレクさんは、ようやく近くのファストフード店に腰を落ち着けた。

「あれぇ、城ちゃん。珍しいデザインの指輪してるねぇ。」

向かい合わせに座り、このあとの予定を話しつつ軽食を取っていると、不意に俺の指輪に気がついたアレクさんが見咎めるように言う。
明らかに俺の趣味と反したそのデザインに誰かからの贈り物だと思っているのだろう。
軽く装った表情と口調のわりに目が真剣だ。
アレクさんの視線を受けながら、自分の指輪を見つめる。
男性用にしてはやや華奢なプラチナのリングには大きさの違うゴールデンカナリーダイヤモンドが2つ、仲良く並んでいる。

「……大切な物です。」

あえてずれた答えで含みを待たせて言うと、昔の恋人からの贈り物だとでも思ったのだろう、微妙に顔付きが変わる。

「でも城ちゃんには、似合わないよ。俺が別の見立ててあげるね。」
「結構です。」

言いながらさらに真剣みを帯びる顔に内心嬉しく思いながら、向かいから指輪を抜き取ろうと伸ばされた手を避けて背中に隠す。
アレクさんが誤解しているような物ではないが、とても大切な、それこそ世界に一つしかない指輪であり、替えなどどこを探しても無いものだ。
それに、これをつけるのは年に2日だけ。
その日ばかりは勤務であろうと、休暇であろうと絶対に外さないと約束している。

「これは、世界に一つしかない、大切なものなんです。」
「城。」

言葉にまで余裕がなくなったアレクさんに、いつも振り回されていることに対する溜飲が下がり、そろそろ種明かしをしてもいいかと考える。

「アレクさん、合成ダイヤモンドの作り方ってご存知ですよね。」
「知ってるけど。」
「これはそれなんですよ。天然物と同程度にクオリティの高いものですが。」

だからなんだと言うように目を眇めるところを見ると、まだ彼の知識の中の情報と結びつかないのだろう。
炭素とダイヤモンドは同じなので、合成ダイヤモンドは炭素を高熱処理し、再結晶化させて出来上がる。
工業用のダイヤモンドはそのようにして造られており、ちょっと化学を突っ込んで学んでいて実験器具さえあれば、素人でもごくごく微小な物を生成することが可能だ。

「でも、それなら替えはいくらでもあるでしょ?」
「替えはないです。これは”ライフジェム”ですから。」

ライフジェムと言うのは、特別な方法で遺骨や遺灰から炭素を抽出して精製したダイヤモンドのことだ。
そう、炭素であれば、ダイヤモンドは人工精製できるのである。
例えそれが、遺灰や遺骨と言われるものであっても。

元々は、父が早世した母の遺骨でライフジェムのリングを作ったのだが、勤務上、いつも身に付けている訳にもいかず、命日だけつけるようにしていた。
それに習って、父の遺骨からライフジェムを作り、母のものと一緒に並べたデザインに作り変えてもらった。
ただ、父母の命日に着けるとここでは気付く人がいるだろうから、生前、あまり一緒に祝うことのできなかった誕生日に身に付けているのだ。
つまりこの指輪の2つのゴールデンカナリーダイヤモンドは、俺の両親で。
何物にも替えることが出来ないたった一つのもの。

「……あ……」

ライフジェム、と聞いてやっと思いあたったのだろう。
元々はアメリカが発祥のものだから、SPの資格を有するアレクさんの知り合いの中にも、それを持っていた人が居たであろうことは想像に難くない。
アレクさんは一転、情けないような申し訳なさそうな顔で視線をそわそわと泳がせ、俺からそらしてしまった。

「ごめん、城ちゃん……」
「見立ててくれるなら、ピアスのほうがいいです。」
「…!うん!城ちゃんに似合うの、見立ててあげる!」

あまりのしょげ返りように逆に申し訳なくなって代替案を告げると、パッと顔を上げて何度も嬉しそうに頷いて「どこの店に行こうか。」なんて話題を変えるアレクさん。
多分、気にしない振りでいても、この指輪と対になるようなピアスを選んでくれるつもりだろう。

『もし、俺が貴方より先に逝くことになったら、貴方は俺を身につけてくれますか?』

その問いの答えは怖くて聞けないけれど、そうしてくれたらいいと願う自分にとって、アレクさんは本人が思うよりずっと特別な存在なのだ。

Fin


2008/02/23初稿 TS様へ献上
2008/05/15一部加筆修正


初、アレ城もどき。
相互リンクのお礼に某サイト様へ迷惑も顧みず送ったもの。
なんですが……すみません、ちょこっと加筆修正してしまいました。

[ライフジェム]は2〜3年ほど前に本館のほうで使おうと調べておいたネタで
当時は[ゴールデンカナリー]1色しかなかったのですが、
今回、改めて調べたらほかの色も生成できるようになっていました。
炭素からのダイヤの生成法はかなり大雑把なもので
説明をかなり端折っているので、詳しく知りたい方は検索してみてください。

BACK