ぼんやりと目を開けると真っ白な天井が見えた。
「……?」
自分は外回りの警備に就いていたはずだ。
疑問とともに覚醒した意識が特有の薬品臭を捉える。
「おや、気が付きましたか?」
声と共に微かな音をたててカーテンを開き、穏やかな専属内科医の顔が覗く。
「大塚先生。」
「すまんね、堺先生は治療中なんだ。まあ、君も丸1日意識がなかったんだ、しばらく大人しくしてなさい。」
治療中、という言葉に一気に記憶が巻き戻る。
そうだ、警備中にテロの襲撃に遭ったのだ。
*** *** ***
「岸谷班長!危ない!」
金属の塊が発射される独特の破裂音に反応するより早く、勢いよく押され、したたかに壁に身体をぶつけられる。
「松坂?!」
「ご無事ですか……?」
――間近にあるいつもと同じ明るい笑顔が、儚げに見えるのはなぜだ?
庇われた俺に重なる隊員としては小柄な体は、次第に力を失い徐々に重みを増していく。
松坂の防弾ジャケットの背中に色濃く滲んでくる染みは大量の……赤。
――いったい何が起こっている……?
ただの部下、と言い切るには思い入れの強すぎる相手の状態を信じられない、いや、信じたくなかった。
だが、呆然としている暇など一瞬のことで、駆けつけた応援の隊員と医務班に松坂を任せ、外警班長として現場で指揮を執った。
*** *** ***
何とかテロを制圧したところで、応援に出てきた室班の城さんに現場の指揮を任せ、医務室で待ち構えていた医務班から治療を受けたところまでは覚えているが、どうやら、そのままブラックアウトしてしまったようだ。
外警を取り仕切る者としては情けない話だが、最初の一斉掃射の際に松坂共々、議事堂の壁に派手にぶつかったのが原因だろう。
自分のことよりも気になるのは、負傷者のことだ。
乱射されたマシンガンに何人もの班員が怪我を負い、中でも俺を庇った松坂は重傷を負っていた。
彼はどうしただろう。
「先生、松坂は……?」
俺の問いに大塚医師は力なく首を横に振った。
「他の者は、お前さんも含めてみな現場復帰できる程度だよ。」
「そうですか。」
現場復帰できると言っても、すぐに、とはいかない者もいるだろう。
相次ぐテロに対して議事堂の警備が新体制――JDG――になるに伴い、ロスDGから外警班長として召喚されて1年と少し。
体制の整わない混乱期を狙って今まで以上に議事堂を標的にしたテロは横行し、何人もの隊員が犠牲となってきた。
その大半が外警であるのは警備の第一線として当たり前のことであるが、その喪失に慣れるかという事は別問題だ。
それが、大切に想っていた者ならなおのこと……
堺医師の手が空くのを待って班員の様子を聞き、センター詰めの教官に報告をする。
「早々に現場復帰してくれ。補充が来るまで、切り回せるな?」
「……了解しました。」
警察官僚から引き抜かれたばかりの教官は、デスクワークとマニュアル至上主義なところがある。
現場の苦労は知らなかった口だろう。
知らないものは仕方がないが、中の人員を少し回してくれれば多少はシフトが組みやすくなるのだが。
詮無いことを考えながら廊下に出ると待ち構えていたように声がかけられる。
「岸谷。」
「城さん。」
「ちょっと付き合え。」
そう言ってさっさと歩き出した城さんについて屋上に出た。
テロなどなかったかのように晴れ渡った空が広がっている。
手すりにもたれた城さんがタバコに火をつける。
「松坂な、両親が引き取りにきた。」
「そうですか。」
「今こっちが大変な状態なのを分かってて、葬儀は身内だけで済ますそうだ。」
それだけ告げると城さんは吸いかけのタバコを俺に渡して階下に戻っていった。
「松坂……」
哀しいほど蒼い空に、白く細く立ち上る紫煙が解けて消えた。
*** *** ***
テロによって俺にもたらされた喪失は一つだけではなかった。
それがわかったのは、数日後の班長会議の席だった。
机上に配られた資料を掴もうとして、遠近感が狂ったのだ。
疲れているせいだろうと軽く考えたのだが、城さんに目ざとく異変を悟られ堺医師の元に連行された。
「岸谷、ほれ、紹介状。精密検査受けて来い。」
「堺先生?」
「結果次第では、部署替えも覚悟しておけ。」
おどけたような口調の割に、真剣な眼差しに冗談ではないと悟る。
「分かりました。」
堺先生の紹介で行った総合病院での精検の結果、目の下に負った傷は視力に影響を与えるものと言う診断が下された。
「そうか、外警は無理、か。」
「ええ。」
「内勤も無理だろう?」
「デスクワークは苦手ですから。」
城さんの言葉に苦笑いして頷く。
既に辞表は、書いてある。
一線を退くことに未練がないといえば嘘になる。
だが、肝心な時に視覚障害が出て足手まといになることは立場上、許されない。
「あてはあるのか?」
「ええ。警備は無理ですが、誘ってくれるところがあるので。」
そう言って内定している職を告げると城さんは今までの感傷的な表情から一転、破顔した。
新たな職についても自分だからこそできることはあるはずだ。
「そうか……頑張れ。」
「城さんも。あいつら、任せましたよ。」
昇華しきれない心残りがあるとすれば、あの曲者を自分の部下として鍛えられなかったことくらいか。
今回の件を直接言わないことで怒るだろうが、まあ、それも楽しみの一つとしてとっておこう。
「あれな……有馬から聞いたところじゃ、何かやってくれそうな連中だよ。お前も、見守ってやってくれ。」
「了解しました。」
*** *** ***
日々は留まることなく流れていく。
伝えることの出来なかった想いは、どこに行くこともなく留まるけれど。
癒えない疵が疼くたび、あの喪失を思い起こすけれど。
それでも。
――松坂、俺は、ここで生きていくよ。
Fin
2008/06/08初稿
2008/06/09一部修正
かっこいい岸さんのはずが……orz
固ゆで卵と言うより半熟、いや、温泉卵かも
西やんや、厨房メンバーとのコミカルな遣り取りネタもあるんですが、
ちょっと入りきらなかった……