一夜の客はまだ夢の中のようだ。
今日は休暇だと言っていたので無理に起こすことはないと判断し、そのまま日課のジョギングに行こうと洗顔をして身支度を整える。
極力音を立てないように気をつけていたのだが、人が動く気配に目が覚めてしまったようで、もそもそと布団が動き、寝癖交じりのバサバサな頭がひょっこりと出てきた。
寝起きなどめったに見れるチャンスはないので、しばらく観察していると、ベッドの上にちょこんと正座をして子どものような仕種でこしこしと拳で目元を擦する。
眠たげな顔に疑問を浮かべてボーっと室内を見まわしているところを見ると、どこか自室と違うことに気がついたのだろう。
「おはようございます。」
「オハヨ……どこ?」
声をかけると、酔いが残っているのか、ぼんやりした寝起きの表情で見上げてきた。
「俺の部屋です。植草さん、昨日ラウンジから帰る途中でつぶれたのを覚えてますか?」
「……おんぶ……?」
「そうですね、背負って運んできましたが。」
「……ありがと。」
ペコリ、というよりガクリ、という感じで頭を下げる様子に、本当に許容量いっぱいいっぱいになるほど呑んだんだなぁと妙な感心をしてしまう。
「俺は走りに行きますが、酔いが残っているなら、もう少しここで休んでいかれて良いですよ?」
「ん……」
俺の言葉に少し考えるようにこんどはコクン、と音が聞こえるような仕草で首をかしげた。
その年上とは思えない愛らしい仕種に、一部の隊員から密かに小動物系とか癒し系とか言われているのも分かる気がして、同じように顔を傾け顔を覗き込む。
常にない反応に驚いたのか目をパチパチと瞬かせ、こんどは反対側に首をたおした。
その姿が楽しくてもう一度同じように顔を傾けると、困惑したようにまた瞬きをする。
「………」
堪えきれずにクツクツと笑うと気に障ったのか、不機嫌そうに眉を寄せた目の前の顔に、なんとなく手を伸ばし髪に触れる。
「じょお。」
「はい。」
植草さんの軽く癖のついた不揃いな黒髪は、寝起きのせいもあるが、容姿に無頓着な彼らしくちょっとパサついていた。
クロウさんに徹底的に管理されているアレクさんの艶やかな長い黒髪とは手触りが違うことが新鮮で面白く、さわさわと触れた部分を弄ぶ。
「なに?」
「寝癖がついてます。触れてはいけませんでしたか?」
「べつに……いいけど。」
大人しくされるがままにしているので繰り返し感触を楽しんでいると、体内の残存アルコールがもたらす睡魔に勝てなかったのか、目蓋が落ちてきた。
「眠いんですか?そのまま寝てていいですよ。」
「……ん……」
先ほどと同じ誘いに、今度は考えることをせずに頷きが返ってくる。
それなら、と手を貸してもう一度横になると、乱れた髪の先だけ見せて毛布の中にもぐりこんでしまった。
と、くきゅるるる……という情けない音がして、植草さんがもそもそと目元だけ毛布から出す。
「………ごはん……」
「分かりました。胃に優しいものを頼んできますね。」
「おねがい。」
朝食のピークにはまだ1時間も前だが、幸いここの食堂は24時間開いている。
仕込みに忙しいかもしれないが、それでもオーダーが無い時間帯のほうがかえって少々の我ままを言っても対応してもらえるだろう。
だめなら、少々厨房の隅と食材を貸してもらって自分が作ってもいい。
いつもジョギングに付き合っているダグには悪いが、今朝は走るよりも、マイペースキングを構うことに専念しようという気になっていた。
Fin
2008/08/01初稿
城ちゃんの小動物保護観察日記。
うえぽんはおふとんの誘惑に勝てなかった模様。
とりあえず、安心なところとして巣(ベッド)に入ってくれました。
このまま餌付けにも成功しそうな気配です(笑)