Trick or Treat

朝から同期や親しい隊員を強襲しては菓子を巻き上げてご機嫌な甘味王は、昼食の後、非番であるにも関わらず、新たな獲物を捕獲するために爆発物処理室に向かっていた。
そして、前方に新たな獲物を見つけて極上の笑みで近づいた。
どうせ班長の使いで同じフロアにある開発研究室に向かっているのだろう。

「やあ、城。」
「こんにちは、クロウさん。」

かけられた声にわざわざ向かい合って挨拶を交わし、お互いの顔を見て一瞬黙り込む。

そして……

「「Trick or Treat!」」

一呼吸置いて二つの声が重なったことに、不運にも周りにいた隊員は凍りついた。
こんな甘味とイタズラが大好きな彼のためにあるというような日に、同じ言葉を返すなど無謀以外の何者でもない。
賢明な目撃者は自分たちに類が及ぶ前に、とそっとその場を離れるという選択をした。
だが、そんな周りの反応に頓着することなく、甘味王を恐れぬ後輩は続けて「Happy Halloween!」と言って手にしていたハロウィン限定のお子様向け菓子BOXを差し出し、相手にも催促するようにもう片方の掌を差し出した。

「……いい度胸だな、城。」
「ないんですか?」
「なくはないが、戦利品を渡すのは惜しいな。」

一瞬たじろぎを見せた後、悪魔とも称される甘味王はニヤリと凄みのある笑みを浮かべた。

「じゃあ……」
「この私にイタズラを仕掛けるというのか?」

クロウの問いに対して城は、隊服のポケットの中から封筒を取り出した。

「これに浅野さんといってもらいます。」

差し出された封筒をあけると中から期間限定ケーキバイキングの優待チケットが出てきた。

「城、これがイタズラか?」
「はい。」

実を言えば、この店のバイキングは、先日、休暇のシフトが合った浅野と行こうと思っていたのに、緊急出向要請が入り警察の爆発物処理に出動してしまい、行きそびれていたのだ。
だが、なぜそれを城が知っていて、さらにチケットまでもっているのか。

「クロウさん、人にお膳立てされて行動するのお嫌いでしょう?」

その言い草にこれは曲者の同期が一枚噛んでいると気がつく。
そういえばあの甘味嫌いの男と今日は一度も顔を合わせていない。
自分とその恋人に対する私のイタズラ防止のために、手下を使って先手を打ってきた、と言うことか。

「ふん、すっかり西脇の手下だな。」
「お褒めいただき、光栄です。」

案の定、イタズラ防止のイタズラを否定しない手下にこのチケット自体も奴の手配だろうと確信する。
甘味嫌いの西脇をからかうのはいつでもできるが、今日までの限定スイーツは来年も同じ物が店頭に並ぶとは限らない。

「仕方がない、そのイタズラ、甘んじて受けてやる。」
「では、浅野さんをしっかり捕獲してくださいね。」

もう昼休みのピークは終わっているから、賄いの時間だろう。
厨房から引きずり出しても岸さんに迷惑はかけない。

「浅野が私の誘いに逆らうはずないだろう?それに今日は昼で上がりだ。」
「それは失礼しました。」

先日のリベンジに燃える甘味王は城から受け取ったものを抱えたまま、他の隊員から菓子を巻き上げるのも止めて、彼の忠実な下僕の元へと足取りも軽く向かったのだった。

***

渋々という態を装いながらご機嫌で踵を返したクロウを見送り、城は当初の目的地である開発研究室に向かった。

「失礼し……」
「Trick or Treat!」

ドアを開けると同時に班長以下数名の声が重なって定番のセリフを言われる。
彼らの足元にはご丁寧に「Trick or Treat!」と書かれたカードを首から下げ、黒マントを纏ったメカダグがいた。

「……すみません、先ほどクロウさんに巻き上げられました。」
「え−!でもクロさんならしょうがないか。」

外国組がクロウの名前に諦めて机に戻るの中、アレクさんに野田班長からの書類とディスクを渡す。
落胆したお祭り好きな面々を見て申し訳なかったかな、と思いながらふと視線を感じて傍らを見ると、黒目がちな無表情が見上げていた。

「………」
「植草さん、なにか?」

用事があるのかと問い掛けると不意にグイッと引き寄せられる。
思いがけないことに固まった俺に頓着することなく、首にギュッと抱きつかれて、唇にやわらかな感触が重なった。

その間、十秒ほど。

開発研究室の空気が水を打ったように静まり、一瞬の後に、声にならない悲鳴をあげる班長と、やんやと喝采の声を上げる先輩たちによって大騒ぎに変わる。

「……う、え草さん?……」

不意打ちの行動に間の抜けた声で仕掛けた人の名前を呼ぶ。
外野の騒ぎを尻目に、植草さんは満足した様にほわっと笑んで言い放った。

「……いたずら。」
「……そんなにお菓子、欲しかったんですか……」
「うん。」

ハロウィンは、甘味魔王だけでなく不思議小動物も要注意だと、身を持って思い知らされたのだった。

Fin


2008/10/30初稿
2008/11/04改稿


すみません、思いっきり過ぎてますが、ハロウィンネタです。
当初、浅クロ&爆班落ちだったんですが、
しっくり来なくて開発班に出張ってもらいました。
開発が出張ったらとんでもない所に着地……(滝汗)
寛大な心で笑って見逃してやってください。

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