明後日の仕事始めがすむと、すぐに国会が始まり、議員や秘書官といった人々が登庁してくる。
もちろん、委員会も年頭挨拶という名目の隊内視察に来る。
宮沢さんにこんなものを見られたら開発費の削減を言い渡されそうだ。
その前に明日が休暇明けの隊長、いやいや、その前に、本日夜勤の副隊長から叱られるだろう。
帰省せずに年明けの臨時室班勤務に就いた1月2日。
その定時後の室内監視カメラでありえない光景を見かけ、そんなことを頭の中で考えていると、真田さんから無常な指令が飛ぶ。
「城、言って来い。」
「俺はあの人のお守りではないいんですが。」
「ほかの連中が行くより言うことを聞く。」
冷徹とも取れる声で事実を突きつけられ、中央管理室詰めの室班員の苦笑を背中に受けながら仕方なく開発研究室に向かった。
***
「ぁ、城ちゃんいらっしゃい。」
開発研究室で俺を迎えたのは、ファイルを台にして珍しく書類仕事をしているアレクさんと、小型モバイルで調べ物をしている植草さんのマイペース二人組。
二人とも、今日は臨時の外警を早番で上がったはずだが、なぜまだこの部屋に居るのか。
まあ、ワーカホリックで、開発品のこととなると時間を忘れるこの班においてこの程度は茶飯事といえる範囲の話だ。
だが、しかし……
「……何をしてらっしゃるんですか。」
「残業用のヒーターが壊れちゃってさー、寒いって言ったら、うえぽんが寮からもって来てくれたんだ〜。」
それが床に仮眠用のラグを敷き、同じく仮眠用の毛布を数枚かけたコタツにあたりながらーー植草さんに至っては肩までもぐりこんだ腹ばいでーーというところが問題なのだ。
「それにしてもコタツはどうかと思いますが?」
「……明日には片すし。」
「そう言う問題ではないと思うのですが。」
「でも、城ちゃん、あったかいんだよぅ?」
「でしたら、寮に戻ればいいでしょう?」
「俺、明日から休みだから、ウサさんに渡しときたい書類作っとかなきゃだし……ヒーターの部品、ここには無いし……」
ぐずぐずと言い訳をする班長と、訴えるように無言で見上げてくる黒目勝ちの瞳。
ここで引いてはいけないと分かってはいるが、このダメ犬のようなヘタレ具合と、捨てられた子犬のような眼に弱い。
弱いが、ここは流されずにビシッと言わなければならない。
音声は聞き取れずとも一部始終を監視カメラで見ている室班員に、正月勤務の余興を提供しているのだ。
溜息を一つついて、コンセントからプラグを抜きつつ譲歩策を提案する。
「中央管理室はまだ暖房入ってますから、書類仕事だけなら俺のデスクを貸してあげます。」
「えー。」
「夜勤に出てきた副隊長とマーティに叱られても知りませんよ。」
「うー……センターに行きます。」
不満が残るようだが、アレクさんは譲歩策に……と言うよりマーティに呆れられるのが怖いのか……肯いて、天板替わりに置いてあった分厚いファイルと書きかけの書類をまとめて、部屋を出る仕度を始める。
「ほら、植草さんも。急ぎじゃないなら明日にして下さい。」
「や。」
手ごわいマイペースキングはモバイルを放り出して毛布にしがみ付く。
自分より年上の成人男子が、そんなことをしても可愛いはずはないのに、子供か小動物を虐めているような気になるのはどうしてだろう。
「うえぽん、いこー。」
「やーだー。」
「仕方ないですね。」
いつまでもこんなことをしていたら、本当に副隊長たちに叱られてしまう。
アレクさんの書類が周りに無いことを確認して、天板が乗っていないのを幸いに毛布の反対側から剥いだ。
剥ぐだけでなくそのまま毛布を植草さんの頭に被せコタツをわきにどけ、もそもそと抜け出そうとしている植草さんを毛布ごと一まとめに肩に担ぎ上げる。
腕を毛布に巻き込まれても往生際悪く足をばたつかせる植草さんのひざ下を押さえ、あっけに取られているアレクさんに声をかけた。
「アレクさん、そのコタツ、目立たないように壁に立て掛けといて下さい。」
「うん。……ねぇ、お城ちゃん……せめて抱っこにしてあげようよ。」
「暴れるから、ダメです。」
「そ、そう。で、うえぽんはどこに連れてくの?」
「もちろん、中央管理室に行って、真田さんに叱ってもらいますよ。」
どうせ余興としてこの遣り取りを楽しんでいるのだから、最後の仕上げぐらい生で見せてやろう。
耳の垂れた戦闘犬を従え、もがく毛布虫を担いだ俺は、中央棟に入った所で副隊長とそのSPに遭遇し、中央管理室に向かいながらここに至る経過を詳らかに説明したのだった。
***
翌朝。
ダグと日課のランニングに出ようとすると、ゲート番をしていた西脇さんに声をかけられた。
「城、昨日は副隊長を笑わせたって?」
「……結果的にはそうなりますね。」
事の次第を聞いた副隊長は、苦笑しながら毛布虫になっていた植草さんに「私物家具の持込は感心しないですよ。」と嗜めるに留まったのだが、今回のことは報告していないのに、まったくどこから耳に入れるのか。
この人の情報網は抜かりがない。
「あいつら、自由にやってるからなあ。」
「躾も必要です。」
笑いを取るために言ったのではないが、俺のセリフがつぼにはまったのか、西脇さんはゲラゲラと笑った。
「まあ、なんだ。頑張れ。」
「はぁ。」
いずれも尊敬する先輩隊員であり、見習うべきところもあるのだが。
せめて、お子様レベルの世話を焼くのは勘弁して欲しいと願ってしまった。
Fin
2009/01/06初稿
2009/01/11一部加筆修正
JDG年末年始勤務組の初笑いはこんな些細な遣り取りだと嬉しいです。
年末年始の勤務態勢はだいぶ手薄になるから、
外警や室班に回っていて開発自体はストップしてるのでしょうが、
勤務後にマイペースにやっていそうです。