「ぼくのおとおさん 1ねん3くみ じょう きみちか
ぼくのおとおさんは、こっかいではたらいています。
おとおさんのおしごとは、こっかいのけいびいんさんで、
ぎいんのおじさんたちのあんぜんをまもっています。
あさはやくにおしごとにいったり、よるにおしごとにいったりします。
ぼくといっしょのじかんにおしごとにいくこともあります。
ぼくがおやすみのひもおしごとにいってしまってすこしさみしいけど、
だいじなおしごとをしているから、がまんします。
こないだおかあさんのおつかいでこっかいにいったら、
いっしょにおしごとをしているおにいさんが、
おとおさんがおしごとをしているおへやもとくべつにみせてくれました。
がらすのむこうのおとおさんは、むつかしいかおをしてモニターをみていました。
おうちにいるときは、ニコニコしているおとおさんがおしごとでは
こわいかおをしているんだなあとおもいました。
いつものにこにこのおとおさんもすきだけれど、
いっしょうけんめいおしごとしているおとおさんは、かっこいいとおもいました。
ぼくもおとおさんみたく、おおきくなったらこっかいのけいびいんさんになりたいです。」
***
「見ろ!これを!!やっぱりうちの皇親は可愛い!」
興奮して半泣き状態の城が握っているのは「父の日の参観日」に溺愛する息子が書いたという作文だ。
参観日には出られなかったものの、作文を持ち帰った息子から渡されて、そのまま持ち出したらしい。
本日何度目かの話に、内藤は酒が入っているからしかたがないかと思いながらも、こんな余波を受けるなら息子にモニター室を覗かせるんじゃなかったと頭を抱え、タクシーを捕まえてくると言って上手いこと先に場を逃げ出した有馬を恨めしく思った。
「城よ、それ、そんな風に握ったら破けっちまうぞ。」
「まずい、それはまずい。これは大事なんだ。」
若手警備員の中では出世株といわれている人間が、居酒屋のテーブルで作文用紙の皺を必死になって伸ばしている姿はなかなか面白い。
「まあなあ、こんなちっさいころの将来の夢なんぞ、すぐに変わると思うがな。」
「だからだ!だから貴重なんだよ、わかるだろ?内藤?」
「はいはい。とりあえず今日はここらでお開きにしような。城。」
こんなグダグダな父親を見ても息子は「カッコイイ」と言ってくれるのだろうか?
そんな疑問を口にしないまま会計を済まし、息子の名を呼んでデレデレ笑っている城に肩を貸して、表で待機していた有馬とともにタクシーに乗り込んだ。
***
そろそろ日勤の退勤時間となるが間もなく夏至ということもあり、まだまだ日が高い。
そんな時間に珍しくスーツ姿――とは言え着崩してはいたが――でEゲート前に現れた内藤はチェックにあたっていた外警班員に私用だと告げ、駐輪場にバイクを置くと勝手知ったる敷地を館内ではなく建物裏手へと廻っていった。
その性質上、ゲートや建物入り口から直視出来ないように、裏庭の植栽の片隅にひっそりと佇む供養碑の前に立つ。
「ま、父の日、だからな。」
そんなことを呟きながら内藤は持参した紙袋から洋酒のボトルを取り出し開封すると、供養碑に惜しげもなく手向けた。
「内藤さん、あんた、何してんですか?」
どこから内藤の来訪を嗅ぎ付けたのか、外回りのボスである年下の悪友が現れる。
「うん?親ばかに父の日のプレゼントだな。」
「そういうことは、個人の墓でやってください。」
「もうやってきた。坊主に叱られたがな。」
「外警連中が酔ったらどうするんです。」
もったいない、と眉をひそめる西脇を尻目に、なおも傾けたボトルからダクダクと琥珀色の液体が碑に注がれ、オーク独特の華やかな香気があたりに漂う。
「息子は勤務中か?」
「確か日勤ですよ。センターで捕まえてください。」
「どっかに掻っ攫われないうちに捕獲するか。」
ニヤリと笑って空き瓶を西脇に押し付け、館内に向けて足を運んだ。
楽しそうに紙袋を下げて歩み去る後姿を見送りつつ、苦労性の策士は他班の手下に無線を入れる。
「城、これからオヤジが行くから、逃げるなよ。」
「オヤジって……内藤さん、ですか?」
「ああ。たまにはオヤジに付き合ってやれ。」
「?はぁ、分かりました。」
無線越しの城が「なぜ今日に限って自分が?」というように訝しげな声で了解したことに、西脇はなんとも言えない笑みを浮かべた。
***
退勤後とは言えまだ外が明るいこともあり、寮のラウンジは常になく静かで、
寛いでる隊員もめったにない組み合わせに遠慮しているのか、話し声を潜めて遠巻きにしている。
内藤はラウンジの奥隅のテーブルに陣取ると、センターに寄る前に食堂に頼んでいたのだろう、軽いオードブルの皿を置く。
有無を言わさず連れ込まれた城はグラスと氷を用意させられていた。
「あいつの夢をしてやりに来た。奴にはもう飲ませてきたからな、これはお前の分だ。」
持ち込んだボトルの封を切り、2つのグラスに琥珀色の液体を注いだ。
それは、父が好きだった遠い昔という名のバーボン。
「そういえば、俺が成人したら一緒に呑みたいと言っていました。」
「だろ?俺もお前のちっさい頃から知ってるからな、まあ親と息子みたいなもんだ。」
だから1杯付き合え、そういってニヤリと笑みを浮かべてグラスに口をつけた。
タンブラーグラス1杯分のバーボンを干す間の短いような長いような時ひととき。
幼い頃にあこがれた父はもうここにはいないけれど、父が古くからの友人や彼らの背中を見てきた人々と共に作り上げた隊は、自分にとって職場というだけでなく、父の仕事に対しての矜持や大切な思いが感じ取れる思い入れの深い場所になった。
そんな場所で内藤は城に今は亡き友人の若かりし頃の面影を重ね、城は亡父のささやかな夢を内藤に叶えてもらう。
取り立てて話があるわけでもなく黙ってグラスを舐めるが、その沈黙を気詰まりに感じないのはお互いに優しく懐かしい気持ちに満たされているからだろうか?
「俺はこれで帰る。」
本当に1杯だけでグラスを置き腰をあげた内藤は、慌てて腰を浮かせた城を片手で制した。
「見送りはいらんぞ。どうせ表で西脇が待ち構えてるんだ。」
「分かりました。内藤さん、少量とはいえ飲んでるんですから、バイクは置いていって下さいね。」
「わーってるよ。ったく、親父より西脇に似てきてやがる。」
城の言葉にブツブツと悪態を付きながら、それでも息子の成長に満更でもないような顔で出て行った。
いつのまにか貸し切り状態になったラウンジで応えを返す人のない問いがほろりと口からこぼれる。
「父さん、俺、あなたのようになれるかな……」
まるで問いに答えるようなタイミングで内藤が飲み干したグラスの融けかけた氷がカラン、とかすかに音を立てた。
テーブルに残されたグラスをしばらく見つめ顔を上げると、城はもう見えなくなった背中に静かに深く頭を下げた。
Fin
2009/06/20初稿
2009/06/27 後半部加筆
父の日ということで、某様宅に飾ってあった岩瀬親子のイラストに触発されて、
トホホな城パパを一気に書いてしまいました(笑)
実はタイトルにあるバーボンを登場させた2022年部分(シリアス)を書き足りないのですが、
また後で書き足すということで、仮UPですみません(^^;
そんな訳で加筆してみたら、内藤さんの話になってしまった……orz
お題も17→19に変更しました。