笹の葉 短冊 紙飾り
梅雨の晴れ間の星祭り
***
やっとのことで捕まえた外警班長に自班の副班長から頼まれた書類を手渡し、開発室に戻ろうと角を曲がると、目の前に緑色が飛び込んできた。
「……緑……」
確かここは館内のはずだと思い、足を止めて暫く眺めていると、がさがさと音をたててその緑色が移動していった。
数秒のち、いつもどおりの廊下の壁が現れ、緑の過ぎ去った方向を見ると廊下の半分ぐらいを占領して食堂のほうにフラフラしながら向かっている。
「……竹……?」
好奇心が募り、ゆさゆさの後を追いかけ声を掛ける。
「どこまで行くの?」
「ぇ?だれ?どこです?」
がさがさという音と一緒に驚いたような声が答える。
相手にも自分が見えていないのか、戸惑うように止まった竹の脇を通り、正面に回る。
「あー、植草さんでしたか!」
声の主は担いだ竹にしっかりと後姿が隠れていた小柄な女性隊員、花係の香取だった。
「どこ、もってくの?」
「食堂と寮のロビーです。あの、もうすぐ七夕なので、飾ろうと思って。」
梅雨明け宣言はまだだが、せっかくの行事日だ。当日は星が見えるといいと思う。そう言ってニコニコと笑う。
「なんで一人?」
花係はもう一人、有吉というベテランがいる。
竹は2本とも結構な大きさでそれに見合った重さがあるのに、香取が一人で運んでいるのは不自然だ。
「あの、有吉さんだと、ぶつけちゃうんです。天井に。」
「ふうん。」
たしかに言われてみればその通り。
香取が担いでいるだけでもかなり廊下を占領しているのだ。
長身の有吉が担いだら、上方向に張り出している枝が天上にぶつかるだけでなく、下手をすれば電灯や天井に取り付けられた各種センサーを引っ掛けて傷つけかねない。
「…………」
ロビーはすぐそこだが、食堂までは少々距離があるし階段も上らなければならない。
いくら普段から鍛えているとはいえ、一人では大変だろう。
自分は有吉ほど身長はない――というより職種がらガタイの良い隊員がほとんどな中では小柄といわれる部類だが、それでも香取よりは腕力も持久力も持ち合わせている。
「……貸して。」
「え?」
とまどう香取から竹を文字通り肩代わりする。
「あの、いいんですか。」
「大丈夫。」
外警班へのお使いは終わっている。
開発室への戻りが少々遅れるが、急ぎで取り組んでいる開発品もないので、目新しい話題を持ち帰ればみんな面白がってくれるだろう。
バランスを取って持ち上げると、がさがさと音をたてて笹が揺れる。
「階段は、一緒に持ちます!!」
「うん。」
がさがさ、ゆさゆさ、ぽてぽてとロビーにつくと有吉がまっていた。
「うえぽん!手伝ってくれたの?」
驚いたように香取と自分を見比べる有吉にこくんと頷いて、ロビー用の竹を1本渡す。
「ロビーの分を固定したら食堂に行くから。」
先に行ってて、という言葉に頷いて香取と2人で再び、がさがさ、ゆさゆさ、ぽてぽてと食堂に向かう。
すれ違う室班や整備班の隊員に声を掛けられながら、食堂につくと有吉から報告が入っていたのか、夕食の仕込みで忙しい時間帯なのに岸谷さん自ら迎えてくれた。
「お疲れ、香取、植草。」
「いえ、お待たせしてすみません。」
香取が場所の確認をして言われた通り窓際まで持っていくと、タイミングよく追いついた有吉が手際よく固定をしていく。
ほやんと笹を見上げていると香取がウエストポーチから何かを取り出した。
「あの、よかったら開発班の皆さんで書いて飾ってください。ロビーでも、食堂でもどちらでもいいので。」
手渡されたのは色とりどりの細長い色紙の束。
「……ありがと。」
ノリの良い班長を筆頭にイベント大好きな班員は喜んで短冊に願い事を書いてくれるだろう。
「これは調理班から。七夕デザートの試作品だ。」
手伝ったご褒美と言うように、岸谷さんが奥の厨房からカラフルなデザートが数種類乗ったトレイを持ってきた。
「……持ち帰って、爆班にお届けします。」
専属パティシエの新作を先に食べた事が知れれば、美貌の爆班副班長のご機嫌がたちどころに悪くなるだろうし、そのことで爆班在籍の同期と自班の班長にとばっちりが行ったら申し訳ない。
1人で食べるには多い数にちょっと考えてそう言うと、強面の料理長は一瞬、目を丸くしてすぐに吹き出した。
「ああ、そうしてやってくれると助かるな。」
十数分のち。
開発の手を休め、息抜きとばかりに大騒ぎしながら短冊に向かう開発班員たちの姿がみられた。
「うえぽん、何かいたの?」
「……試作品が暴発しませんように……」
「そりゃいいや!!」
爆笑に包まれる開発室と廊下を挟んだ爆班処理室では、マイフォークで新作デザートを突付きつつ報告書を仕上げる爆班副班長。
南の空には気の早い一番星が瞬き始めていた。
***
笹の葉 短冊 紙飾り
願いを込めて 星祭り
Fin
2007/07/07 初稿
2007/08/19 Mさまに献上
2007/08/22 改稿
2007/09/08 WEB公開
七夕に本館用SSを書くつもりだったのに筆が滑りました