第1種接近遭遇

入隊して1ヶ月少々が過ぎた雨の日のこと。
混雑のピークを過ぎた食堂で遅めの昼食を指導員の野田さんと摂っていると、カウンターで揉める声が聞こえた。
「それはそうと教官、食事はきちんととってください。今日はまだでしょう?」
どうやら、多忙を極める教官が、岸谷さんに用事があって食堂に来たらしい。
「時間がもったいないんだよ、岸谷。」
「そんなこと言って、過労でふらついてたら、またDrに連行されますよ。」
オーダーも聞いていないのに浅野さんが手早く給仕をしながら軽口を叩く。
「それは……ご免こうむりたいな。」
「でしたら、休憩がてら、きちんと食べてください。」
苦笑いする教官に岸谷さんが定食の盛り終わったトレイを押し付けている。 どうやら、調理班の連携プレイ勝ちのようだ。
カウンターの様子が気になったのか、向かい側に座っていた野田さんも食事の手を止めてポツリと呟く。
「委員会がまた無理いってきたのよね……班長も書類に追われてたし。」
そうなんだ…と思いながら、もきゅもきゅと口の中のミートボールを噛む。
まだまだ仕事を覚えるのが手一杯で、周りの状況まで気が回らない。もっとも、新人の俺が任されているのは中央管理室詰めではなく館内巡視だから、分らなくてあたりまえだが。
女傑の野田先輩曰く、今までの体制を根本から変えている最中だから、隊内もゴタゴタしているうえ、委員会からいろいろ反発や、横槍が入るらしい。
見るともなくカウンターを見ていると、まだ教官がぐずっているようで。
「岸谷、これはないだろう?」
「魚なら、煮付けのほうが消化にいいです。」
「じゃあ、これだけでも外してくれ!」
暗に体調を気遣ってのメニューだと伝える岸谷さんに教官はなおも食い下がっている。
「そんな子どもじゃあるまいし。自宅で付いたまま食べてたんじゃないすか?」
「家の食卓には、絶対に上らせなかった!」
今度は呆れたようにいう浅野さんに噛み付くように答えている。

――付いてるってなんだろう?

不思議に思って同じ(であろう)煮魚定食を食べている野田さんのトレイを見やる。
特に変わったことはない今が旬のメバルの煮付けだ。副菜のほうもこれといって変わった物はない。隊員個々のアレルギーは医務班と連携してデータを把握していて、対応しているからそういうたぐいではないはずだし。
「教官、皇親君に笑われますよ……」
「絶対、笑わん。」
息子を引き合いに出されても必死の形相で一歩も引かない教官に、仕方ないと言うように一つ溜息をついた岸谷さんは一度皿を下げ、その「何か」を取り除いてからトレイに皿を戻したようだ。
「最初から、こうしといてくれればいいんだ。」
「まったく……その代わり残したら、Dr呼びますからね、教官。」
「ちゃんと喰うから大丈夫だ。」
嬉しそうにそう言って窓際の空席につき、食事をとり始めた。離れた席だから、ここからだと教官のトレイの中身はよくわからない。
「植草、マイペースに食べてるのもいいけど、休憩時間終わっちゃうわよ。」
「はい。」
頭の中は、教官が何を取ってもらったのかでいっぱいだったが、野田さんを怒らすのもまずいので、慌てて食事を再開した。

食べ終わったトレイをカウンターに返しにいくと、
「教官にもダメなもんがあるんすねえ。」
「浅野、他言無用にしておけ、給料に響くぞ。」
「ゲ…了解っす。」
空いた什器の洗いに入りながら、そんな会話をしている調理班の後ろ、調理台にあるまな板の上になぜか一つだけ、メバルの頭がちょこんと乗っていた。

Fin


2007/10/06 初稿


城家は親子揃って「アレ」が苦手だと楽しいかと
父は、マグロの兜焼きかなんかでトラウマがあるってことで(笑)
第1種接近遭遇=(UFOを)至近距離から目撃すること

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