第4種接近遭遇

ここ連日、急ぎの開発は無いが趣味の開発に没頭していて帰室時間は早いものの、寝不足気味だ。
昨日のオフも出かけずに届いていた部品を色々と試しながら、城が夕食に誘いにくるまで食事を摂るのも忘れて試作品の改良を重ねていた。
こんな不摂生をしていることが知れたら、季節の変わり目と言うこともあり、体調不良の隊員に目を光らせるDrに即、メディカルルームに強制連行されてしまう。
見つかる前にと早々に朝食を切り上げたアレクは、朝礼中も目に付かない位置に立ち、解散の号令がかかると一目散に開発室に向かった。

開発室のドアを開けた途端、アレクの目に飛び込んできたのは、実験スペースいっぱいに広がった部品と装置。
しかしそれは一昨日まで弄り倒していた開発中の試作品ではなく――いや、使われている中に確かに試作品の部品もあるのだが、なぜか組み立てられないまま、ほかの開発品や文房具と一緒に床に放置してあった。
乱雑に放置してある文房具の中には、本棚にきっちりと収まっていたはずの工学の専門書や仕様書、過去の報告書を綴ったファイルまである。それも、広げたままになっていたり、立ててあったり積み重ねて試作部品の下敷きにしてあったりと様々だ。
何の悪戯かと聞いてみようにも珍しくまだ誰も開発室にやってこず、聞くことも出来ない。
手を触れないように注意して、屈みこんで仔細を見ようとすると膝丈に張ってあった細いテグスにくんっと引っ掛かる。
同時にどこかで「かちゃん…」というかすかな音がした。
「なんだ?」
身を起こして音のしたほうを見るとどこから転がり出たのかビー球が一つ、開発品の上を移動していく。
ビー球がこつんとぶつかると次の機構が動き出す。
一見何気なく放置されているように見えたそれは、実は非常に計算し尽くされて配置された物であった。
物理的な力量移動という単純な物だが、本来の目的と違った用途に用いられている開発部品や文房具が次々と連鎖して予想外の動きを澱みなく繰り広げていく。
力量の長距離移動手段に使われているのはビー球にピンポン球、箱やカップに細工してタイヤをつけた車、果てはドライバーやボルトとナットまで。転がるモノなら何でも、というところか。
しかも、一つのアクションが動かすのは一つの機構とは限らず、また2つ以上の動きが連鎖したり、既に役割を終えたと思っていたものが再び使われたりとバリエーション豊かである。
機構の動いた先をなるべく多く追えるようにせわしなく視線を動かし、次第に連鎖する機構に引き込まれる。

最後の機構が動き、ミルクポーションのカップで作った小さな車が飛び出し、渡してあった糸に引っ掛かって転倒すると中からビー球が転がり出てフィニッシュの旗をくぐる
――と同時に、ドサッと頭上からメカダグが落ちてきた。
「え?えぇ??」
慌てて受け止めホッとした途端、今度は捕獲網が落ちてきた。
「ボス捕獲―!!」
冠が雄叫びと一緒に網の上から押さえつけ、一瞬惚けた後もがき始めたアレクを、ほかの班員も一緒に押さえにかかる。
「妻夫木ん、Drに連絡!」
「は、はい。」
押さえ込みに手を貸しながら妻夫木に指示を飛ばす宇崎にやっと嵌められたと気付く。
「うささ〜ん。」
「アレク、悪いな。俺はDrに睨まれたくないんだ。」
「そうそう、観念して、お説教されといで、ボス。」
開発室とメディカルルームは同じE館にあるとは言え、Drがくるまでに少々時間がかかるだろう。その前にこの状態から抜け出そうと往生際悪くじたばたする。

が。

「アレク!」
「……ど、どくたー…………」
妻夫木んが連絡を入れた直後にDrが現れるなんて予想外もいいところだ。
「ドクターストップです!開発班長は早退させますが、よろしいですね。」
「もちろん、謹んで進呈します。」
ある意味、隊内最強の宣言にそのつもりで班長を捕獲した開発班員に否やは無い。
逃げ様も無くガックリと肩を落とし観念したアレクを捕獲網から解放しながら、宇崎は計ったようなタイミングで現れたDrに理由を問う。
「それよりDr、案外早かったね。」
「植草が呼びに来てくれましたから。」
Drの後ろに控えていた転属組みの班員に気がつき宇崎は納得する。
「なるほど。細かいところまで行き届くな、植草。」
「恐れ入ります。」
言われた植草は、上司の誉め言葉に瞳に微かに喜色を浮かべて常の無表情でペコリとお辞儀した。
「じゃあ、ボスも捕獲できたことだし、撤収〜。」
「あ、Dr。メカダグはボスの監視用につれてって。」
「分りました。さ、アレク行きますよ。」
Drに引きずられて出て行く班長とそれについていくメカダグを見送り、開発班一同は効果抜群だった巨大なちゅんちゅんトラップをわいわい言いながら撤収したのだった。

Fin


2007/11/08 初稿
2007/11/10 改稿


不摂生な開発班長にはちゅんちゅんトラップにかかってもらいました。
トラップ製作作業は第3種接近遭遇で。
第4種接近遭遇=(UFOの)搭乗員に誘拐されたりインプラントを埋め込まれたりすること
また、(UFOの)搭乗員を捕獲、拘束すること

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