第3種接近遭遇

「いったい……何をなさっているんですか……?」
早番の終業間際に書類を回しにきた城は、開発室のドアを開けて思わず呟いた。
「あ、城。もしかしてこれで上がりか?」
「ええ、そうですが……」
床上に所狭しと大量に散らかされた部品や文房具に埋もれているのは、宇崎を筆頭に3人。アレクの部屋もかくや、というほどの散らかりっぷりである。とりあえず置いてあるものを蹴り飛ばさないよう気をつけて宇崎に近づき書類を手渡す。
「うささん……知識がある人間の手が多いほうがいいです」
ついっと顔を上げ城を認めた植草がキラリと目を光らせ、視線はそのままで宇崎に向って呟く。
「だな……城、手伝えよ。」
どうやら、この惨状にしか見えない場の指揮を取っているのは副班長の宇崎ではなく、開発班では一番新参者……9月に開発班に途中転属を果たした植草のようだ。ほんの数か月前までは室班で真面目に館内警備をしていたはずなのに、既に馴染んで溶け込んでしまっているところを見ると元々コチラ側の人間なのだろう。
「なにを、ですか?」
「アレクの〜捕獲〜。」
「は……?」
のほほんとした口調で物騒なことを言う宇崎と、じっと凝視する植草になんとなく逆らえない雰囲気を感じ、ひとまずインカムで野田班長にこのまま上がる旨を伝え、改めて作業中の3人に説明を求めるように視線を向ける。
「補佐官から捕獲指令が出て。正攻法で行っても逃げられるから、不意打ちで捕まえようと思って。」
「はぁ……」
「ついでに最近不摂生してるようだから、Drに引き渡そうということに。」
どうやら、開発班長のよき悪友である岩瀬からの依頼のようだ。大方、先日彼の父親と開発班が組んで仕掛けたトラップ(と賭け事)の仕返しといったところだろう。しかし、それとこの惨状はどう繋がるのだろう?
「城、小さいころ国営放送の教育番組って見たことある?」
「ええ……ありますが。それが?」
「こんなの見たことあるでしょ。」
唐突な質問を訝しげに思いながら答えた城に下からニュッと手が伸びてきた。開かれた植草の掌に乗っていたのは、ミルクポーションの小さなカップにミニカーのタイヤをくっつけたもの。ご丁寧にビー球が仕込んである。
「もしかして、アレですか?」
「そう。これなら絶対アレクが釘付けになること間違いないからな。」
「……判るなら配置手伝って……?」
この装置は「好奇心旺盛な理系」には堪らない、とニッコリ微笑む癒し系の副班長と小首を傾げて下からじっと見上げる不思議系の先輩に思わず頷いてしまう。それでもまだ疑問が顔に出ていたのだろう。妻夫木が苦笑いしながら作っているものがなんになるかを明かしてくれた。
「一筋縄ではいかないから、これをボスの足止め用トラップにするんです。」
「ま、えさの代わりってところ。巨大ちゅんちゅんトラップだぁね。」
レール代わりの本を配置しながら宇崎が楽しそうに言う。トラップ返しにしても何でここでちゅんちゅんトラップ。それもこんなに手の込んだものを用意するんだろうか。理解に苦しむが、そこが件の開発班長率いるJDG開発班たる所以なのだろう。
「うえぽん、整備から借りてきたよ。」
「岸さんからも、頼まれたもの借りてきた。」
内心頭を抱えていると材料の調達にでていた冠とロウが戻ってきた。椅子の脚に使う車輪やら、空き缶、食材の入ってきたケースなど様々なものが空いているスペースに置かれる。
「ありがとおございます。あ、城にも図面見せてやってください。」
「了解。城、こっち。」
「はぁ。」
手招きする冠とロウに従い物の散らばっていない場所を通って奥の机に近寄る。そこでは、先ほどからずっとそこに居て遣り取りを聞いていたのだろう、パレが苦笑いしながら画面の上に展開された装置の配置図と実際の作業の映像を見比べていた。
「巻き込んですまないな、城。あ、うささん、それ1cm左。」
「了解。」
どうやら、配置作業は植草が陣頭指揮をとり、パレが図面とのずれを確認して微調整の指示を出していたようだ。
「いえ。いい加減、開発班に振り回されるのには慣れました。」
こんな事に慣れたくは無いのだが、アレクと親しく付き合うにしたがい、自然と開発班のお祭り気質に否応無く巻き込まれることに慣らされてしまった。
「うえぽん、なんだか燃えててさー、俺たち、細かい部品作りだけで配置に手を出させないんだよ。」
「海外組みで番組の予備知識のない人たちは、仕上がり見てから感動してくださいってねー。」
不服気味に試作のミニカップカーを突付くロウとつまらなそうに呟く冠。植草の拘りのせいで配置をしているのはあの3人――幼少時、国内にいて例の番組を見たことのある人物だけというわけらしい。
「城は配置の手伝いでしょ?今ここら辺やってるから、この先手伝ってやって。」
「城、よろしく〜。」
呆れながらもざっと配置図を頭に叩き込んでいるとパレに画面を示され、ロウと冠にひらひらと手を振られた。

***

基本、日勤の開発班が急ぎの仕事もないのに揃って残業しているといろいろと支障があるからと、海外組みと妻夫木は終業時間で退勤していた。巻き込まれて付き合っていた城もアレクの様子を見がてら夕食に行ったものの、完成状況が気になり開発室に顔をだす。
実験スペースには、床上だけに止まらず、壁や机、果ては天上まで利用した大掛かりな装置が完成していた。
「……終わり。」
ちょうど最後の調整が終わったところだったのか、嬉しそうに上気した顔を上げた植草の呟きに思わず拍手をしてしまった。時計を見るともう日勤の終業時間を軽く2時間ほど過ぎている。
「植草、お疲れ〜。」
モニター前の宇崎が一つ伸びをして席を立ち、装置のほうにやってきた。
「これで完成ですか?」
「そう。」
「うまく動くか試験したいんだけど、誰か引っ掛かってくれないかな……?」
満足げに答えた植草は、宇崎の言葉に興奮してキラキラした瞳を向ける。
「……私ですか……?」
「ん〜、城も結果、楽しみたいでしょ?」
「ええ、まあ。」
宇崎はそれなのに引っ掛けては申し訳ない。と言いながら腕を組む。そんな宇崎を見て、ある人物の顔が思い浮かぶ。彼ならこれにも興味を示すし、いろいろ借り物もしている。きちんと説明すれば協力してはくれまいか?
「そういえば、お二人とも、夕食は?」
「まだ。」
「それでは……そろそろ真矢さんがいらっしゃる頃では?」
「そうか、真矢!あいつならいいや。」
嬉々として無線を鳴らす宇崎に、しばらくして真矢が現れる。
「万尋さん、面白いもんって?……なに作ってんの……開発は」
「真矢、見たこと、無い?」
「あるけど。こんなの作ってたのかよ、植草……」
問われてこくんと頷く植草に、「昼間、冠さんが持ってったのはこれになったのかあ。」などと言いながら面白そうに眺めている。
「真矢さん、動かしてみますか?」
「え、いいのか?」
思いがけない申し出だったのだろう、城の言葉にワクワクしたような表情の真矢が開発班の二人を振り返る。
「再セッティングを手伝ってくれるなら。」
「それと、最後にメカダグと捕獲網、落ちてくるけど。」
畳み込むように言う植草と宇崎も同様にワクワクとしているのが手に取るように分る。
「いいよ、万尋さんたちが作ったもの、見たいしね。」
「じゃあ、そこのテグスに引っ張って、その場所から動くなよ?」
「了解。じゃ、行くよ。」
真矢がぴんと張ったテグスを引っ張ると、最初のビー球が転がりだした。
ビー球がこつんとぶつかると次の機構が動き出し、本来の目的と違った用途に用いられている開発部品や文房具が次々と連鎖して予想外の動きを澱みなく繰り広げていく。その連鎖につられて4人の視線が動きを追って装置の上を行ったり来たりする。
5分少々のショータイムの最後には、宣言されていたように上方からメカダグと捕獲網が落ちてきた。
「成功!やったな、植草!」
「はい。うささん。これでアレクさんがうろうろしなければ、完璧です。」
「大丈夫だろ、視界の届く範囲に全機構収まるように作ってあるからな。」
うれしそうに話す開発班二人を見やりながら、捕獲網から真矢が抜け出す。
「なに、これアレク用のトラップなんだ?」
「ええ。」
「この間の仕返しでも補佐官から頼まれたか。」
問われた城はメカダグを受け取って答える。
「そうらしいですね。ついでに、Drに献上だそうです。」
「……西脇さんに、伝えておくか。」
「よろしくお願いします。」
思慮深い策士の弟子と子分は、耳に入れておいたほうがいろいろと都合がよさそうだと意見を一致させると、装置の余韻に浸りつつ再セッティングしはじめた開発班の2人を苦笑いしながら手伝うのだった。

Fin


2007/11/10 初稿
2007/11/18 改稿


本家ピタゴ○装置は1分前後のものが多いですが、
開発班なら5分くらいの大掛かりなものを余裕で作れるでしょう。
なんせ、材料には事欠かないですし、開発品も使うでしょうから。
巻き込まれた城ちゃんと、真矢さんはお疲れ様でした。

第3種接近遭遇=(UFOの)搭乗員と接触すること。

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