今年の冬は寒さが厳しく、そのうえ例年より早く流行しているインフルエンザ対策で、Drが精力的に館内巡回しては、隊員を片っ端からメディカルルームに連行している。
一番外気に晒される時間の長い外警でも、もう既に何人か自主申告(一部強制連行)してDrストップを言い渡されており、人一倍寒がりな班長は早々にコートを着込み部下にも着用を促すと共に、残りの班員の負担が少なくなるように勤務シフトを調整して、その分の皺寄せを休日返上で過剰勤務していた。
そんなある朝のこと。
小さなくしゃみをしただけなのに、同室の調理班チーフは、「風邪は引き始めが肝心だ。」と大事を取って休ませる旨を僕から取り上げたインカムでさっさと上司に連絡を入れてしまった。
「いいな、潤。後でDrに着てもらうように頼んでおくが、安静にしているんだぞ。」
「鷹夜さん……すみません。」
こんな微熱程度でわざわざ来て貰うのはDrに悪いと思いつつ、「過保護キング」というあまりありがたく無い呼ばれ方をしている恋人が、言い出したら聞かないことも分っているのでおとなしくベッドの中から返事をする。
その後、わざわざ診察にきてくれたDrから風邪のひき始めと診断され、熱が下がるまで安静を言い渡された。
***
お昼に鷹夜さんが作ってくれた特別食を食べた後、Drから貰った薬を飲んでうとうとしていたようだ。
再び控えめなノックの音が聞こえて意識がはっきり浮上する。
目を開けて確認すると、壁に架かっている時計は16時少し前を指していた。
「いーけがみー。おきてる?」
上半身を起こして見ると、チーフルームへと続くドアの陰からひょこりと顔を覗かせたのは、開発班に席を置く同期だった。
「植草、どうしたの?」
「おみまい。」
後ろ手に隠していたビニール袋を目の高さまで持ち上げて見せる。
ポヤンとして一部からは「不思議系」などといわれているが、本人はマイペースながら至って真面目で、勤務を抜け出してくるようなことはない。
室管理副班長(現在産休中)でかつて植草の初任指導をした野田女史曰く「外見は小動物系の不思議ちゃんだけど、仕事に関してはマイペースでも細かいところまできちんと目が行き届く出来た子。」との評価だ。
以前の室班に比べて比較的時間に融通のきく開発班とはいえ、ここに顔を出したということは多分今は休憩時間なのだろう。
が、手にしたものを買ってくるような余裕はさすがに無いはずだ。
「…………えーと「食堂か厨房で食べてね」…?」
自分で言いながら、ちょっと小首を傾げて伝聞系で言う植草。
「食堂はともかく何で厨房?」と不思議に思い受け取った袋の中を見て、自分の疑問も植草の伝聞系台詞のわけも納得する。
袋の中身はクロウさんがよく行くカフェのテイクアウト用パンプディングがワンホール。
「……クロウさんから?」
「ううん。外でお昼いっしょにしてきた。」
クロウさんの「外でお昼」は、たいていケーキバイキングだ。
このところ国会内の仕事に加え、訓練校での特別講師や警察へ出向しての爆弾の解体と激務が続いていると平田がぼやいていたから、趣味と実益を兼ねたストレス解消なのだろう。
そんなJGDの甘味王になぜか気に入られている植草は、目に止まると平田の代わりにケーキバイキングに連れ出されるようだ。
「植草、お腹、大丈夫?」
「?うん……野田副班もいっしょだったし。」
「そう。ならいいけど。」
答えを聞いて少し安心する。
野田女史は、クロウさんの同期でその上、植草を気に入っているから、さすがのクロウさんもそんな女史が同席の時にまで無理をいわない。
だからこのメッセージは解消しきれなかったストレスのうさばらしで、浅野さんを弄るダシであるとともに、鷹夜さんにもちょっかいをかけて反応を楽しみたいのだろう。
人――とくに恋人がいる隊員と浅野さん――をからかって悪戯を仕掛けるのも、彼の大好きなストレス解消法だ。
「……ダメだった?」
「そんなこと無いよ。あとで食べるね。」
まんまとクロウさんの思惑に利用された感のある植草は、そうと知らずに僕の様子に小首を傾げて不安そうに聞いてくる。
今は、大切な恋人のおかげで克服してしまっているのだが、訓練校時代からの付き合いである植草は僕の偏食を知っているから、その心配だろう。
見当違いの心配だが、些細なことでも覚えていて気にかけて貰えるのは、弱っている時には特に心が温かくなる。
「ありがとう、植草。」
「……池上も今度一緒に行こうね。」
「ん?うん。またね。」
内心、ケーキバイキングはいいけれど、クロウさんと一緒はご遠慮したい、と思いつつ植草に微笑んだ。
***
「で、潤。結局どこで食べるんだ?」
「食堂じゃ、あまりに浅野さんがかわいそうなので、チーフルームで戴きます。あそこも、厨房のうちでしょう?」
「まあな。」
衆人環視の中でクロウさんに弄られる浅野さんの目の前で食べるのは気がひけるし、チーフルームなら爆班の副班長であるクロウさんが入ってきても問題はない。
「じゃあ、クロウを呼んで、西脇にはしばらく食堂に近寄らないように言っておこう。」
「お願いします。」
そして。
食べない、という選択肢がないならば、被害は最小限に。
そんなところまで気を使うのは、多忙なのに出張診療をしてくれたDrと欠勤で迷惑をかけた上司へのせめてものお詫びとお礼だった。
Fin
2007/12/05 初稿
2007/12/30 改稿
池潤の誕生日SSのつもりが、こんなことに……
調理班にとっての最強(最凶)はストレスの溜まった甘味王。
この後、池潤をからかいながらプリンを食べているところを見せ付けた女王様は、
悲嘆にくれる下僕と苦々しく見ている過保護キングにご満悦だったことでしょう(笑)
pudding =1 [U][C]プディング, プリン;プディング状の物/5 [U]有形の報酬, 実益.